登山口から登り始め、一気に2km地点マーカに差し掛かる。彼はい つものようにリアギアを3速に落とす。起伏はなだらかで頂上まであと3km。気温は15度。理想的だ。一帯は 野鳥の森保護区 。サングラスにぶつかる虫が増えてきた。張り付きそうな勢いで向かってくる。内転筋が少し震え始める。息が荒くなってきた。突然「ガサゴソッ」と生き物が 動く気配にハッとする。野鳥が草むらの虫を追っている。まむしに狙われる危険を冒しているのだが。
(少し休もうか)
そんな誘惑に執われるがここは無視。意識して呼吸を整える。木漏れ日が顔に降ってくる。その一瞬眼前の樹海の切れ間から青空がのぞく。
(今日は湿気が少ないな)
にじんだ汗がたちまち蒸発していく。体内の気体が入れ替わるみたいだ。血液がこめかみを通って頭皮まで突き抜ける。まるで立ちくらみのように血液が瞬間移動して指先まで行き渡っていく。歓喜の瞬間だ。
おそらくその時の高揚感と思考停止状態。その訪れは1分くらいだろうか。山頂までの残り「1kmの至福」と名付けておこう。気が付 くとバイクは頂上に着いている。歩数計で自転車のペダルストロークを数えると3000歩を越える。
復路ではもう一度快感のご褒美が彼を待っている。下るとき起伏に三つのピークがあることに気付く。そこは急カーブを作っており、トップスピードのままカーブに進入する。ブレーキレバーに指三本掛けのままギ リギリまで制動を我慢する。アウトコーナーのライン取りが決め手。いつか落ち葉にリアを取られスピンした恐怖を彼は身体で学習している。 別の峰には心臓破りのコースもあるが、体調の整っている時でもキツい勾配だ。
こんな旅を彼は密かな楽しみにしている。これこそインナートリップ。最高のウィンタースポーツだ。そう、彼はひとり悦に入っている。
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かつてここはは車道で現在は遊歩道として利用されているお陰で、適度に舗装路が残され快適なサイクルロードを提供してくれている。落ち葉を清掃する地元ボランティアのおかげで安全に走ることができる。感謝。