ルツェルンにて

ルツェルンの旧市街は世界遺産に登録されている。カメラはどこへ向けても絵になる。平和の象徴のように子供たちの声が街中に響く。我々は相当に歩き回り、夕方ホテルに戻った。

ヨーロッパの三ッ星ホテルでもバスタブを備えていないホテルは多いが、今夜はゆったり大型のお風呂に浸かれる。この”ホテルワルドスタッターホフ”はリニューアルしたばかりで実に快適だったが、ルームキーだけは誇らしげなキーだ。しかもオートロックでなく伝統的な施錠タイプ。入室してうっかり施錠を忘れたまま寝てしまった。

翌朝のこと、現地時間朝の4時過ぎ。風呂に浸かろうと準備していて僕は下着姿のままだった。

いきなり入り口ドアが何者かによって開けられ、小声だが「きゃー!」と声を上げた妻。

気付くと「ブリーフ一丁の男」が我々の部屋に入って来たではないか。僕と目を合わすなり侵入者の彼は虚ろなまなざしで茫然と立ち尽くす。

彼が武器などを手にしていないことを見て取った僕は、穏やかにいま入ってきた入り口ドアを見やった。(出て行ってくれ)という合図のつもりだ。どうも彼は動作が遅い。少し酔っていたのかもしれない。ここは最悪の事態も想定し、格闘に使う際の武器はないかと僕は目星をつけておいた。我ながら冷静だ。

(勝てるかもしれない)

相手は大男だが、僕は勝手にそう思っていた。もともとパニックにならない質。今ここは事を荒立ててはいけない。彼は妻のベッドの足元に立っているのだから。そして僕のポジションは不利だった。万一の場合浴室に逃げ込むというわけにもいかない。結果数秒間の沈黙の後、彼は自分の部屋ではないことを悟った様子で出ていった。

アインシュタインが3年半暮らしたアパート

しかし夜中にパンツ一丁で歩き回る人間がいるのだ。ラリっていたのかもしれない。不審者ではあるが慌てて騒ぎを起こしていたら、このままではすまなかっただろう。

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