先住民ケルト系ボイイ人の名により、チェコはかつて「ボヘミア」と呼ばれた。
小国であったため、ポーランド王国やハンガリー王国に支配された。その度に住民たちは諸国を逃げまどい、攻められるばかりの時代が1000年も続いた。
映画で話題となったはクイーンの『ボヘミアン・ラプソディ』。彼らは1000年の悲しみを思って歌ったに違いない。それほどに衝撃的な歌詞だ。
「ママ! いま一人の男を殺してきた」
そんな歌を情熱的に唄うなんてありえない。
ボヘミアンたちの誇り、恨み、悲しみのすべてを象徴する場所。それが「カレル橋」。
近代になっても、ヒトラー政権に振り回されたあげく、ソ連による隣国赤化政策に乗せられチェコ・スロバキア社会主義共和国になった。言い方を変えればソ連の属国。
「プラハの春」はソ連支配の脱却の象徴として、地元で語り継がれている。学生たちの民主化運動は勝利には繋がらなかったが、この事件を契機に世界が共産主義の矛盾を知った。現代の「香港民主化運動」に似ている。
1968年ソ連が軍事介入し、このカレル橋を塞ぐように戦車を並べ、デモ隊を鎮圧しようとした。その結果、チェコの共産党政権は倒れ、橋は民族独立・自由の象徴として「プラハの春」の思いを語る場所として、今も大切にされている。