昨日の記事「テンションノート」の続きです。
音楽理論にもう少しお付き合いください。ここは実際のセッションの場を体験したお話をしたい。ある日のサックスレッスンを再現してみる。
かつての師匠(関西を代表するテナー・サックスの名手)に一時期教わったが、あるとき音階練習もままならない僕に、突然、ブルースをやってみようということになった(以下「」部分は師匠の言葉)。
「ブルースをやってみようか」
「最初の4小節はぼくが、そのあと4小節は自由に吹いて付いてきて」
「キーは『Cマイナー』でブルースだよ。そう!好きな音を出せばいいんだ」
「大事なのはスイングすること」
もう勝手に演奏はスタートしている。
場所は心斎橋アメ村の貸しスタジオ。時間は利用者の少ない午前中。僕は冬というのに汗だくになりながら、それでも耳に全神経を集中させる。4小節交互プレイが始まる。一曲12小節の曲完成に向かって吹き続ける。僕のサックスはあまりの緊張にリードを噛みすぎて音が割れビビってみたり、息継ぎのいとまもなかった。
師匠の演奏についていくうちに、メロディラインが完結する4小節ずつの交互プレイが安定してきた。こちらは必死に音を鳴らしながらついていくだけだが、12小節を3回りほど続けるうちに師匠と音が合ってきた。
「そうだよ。耳に全神経を集中させるんや!」
(そうか、師匠は僕が続けやすいようにメロディラインをあえて途中で切ってくれてるんだ)
「そんなに1小節に音を詰め込まない!」
「音と音の間が大事なんや、休符を入れて!」
師匠の休みの4小節に、的確な指示が飛んでくる。
いつの間にか12小節の曲は出来上がっている。ここで曲名は”Cマイナーブルース”と名付けられた。僕の中で、このままどこまでも演奏を続ける自信が誕生しているのだろうか。
「でも、さっきのF#の音は要らないね。この曲のテンションノートは何だったか?また次回までの宿題だ」
師匠はその理由を僕に体感で学べと助言してくれた。講義で理論を聞いてもこちらは理解できない。
そして一時間が経ち、僕は言葉にならない感動を土産にすることができた。
(録音しておくんだったなあ)後悔してもブルースの共演はもう戻らない。
特に師匠の吹くメロディラインの引き出しの豊富さ。この日を境に師匠に対する絶対的な崇拝も生まれた。音のニュアンスを引き継ぎながら耳コピーすることで、立派なセッションに昇華していくことを知った。
音大を出てから10年の師匠、キャリアは伊達じゃない。現在はバンドリーダーを引退して、ヤマハの全国講師の頂点にいる。そんな師匠とセッションが出来たことは僕にとって生涯の宝になった。時折経過音で和音を外れた渋い音が師匠のサックスから聞こえていたことに気付かくようになっていく。そう、それこそがテンションノートだ。

師匠の使うビンテージSAX.。管体が通常より細い。