ショートストーリー「椅子」

「椅子」

マドリードで

メルボルンで

彼が一番大切にしている椅子。それは父の勤務する事務所の払い下げ中古品。息子達の学習机として我が家にやってきた。彼は二人用折りたたみ机の右側を使った。左側は彼の兄が使い、二人の間にある唯一の引き出しを兄に譲った。机と共に二脚の椅子もやってきた。背もたれはフラッシュ構造ながら、しっかりニス引きされ艶は新品同様だった。

小学一年の彼にはかなりのハイバック椅子で、高さは大人の身長に合わせているので、座ると脚はブラブラ。固めのクッションと、別珍張りのくすんだピンク色がとても心地良く、彼はここに座ると一国の王様になれた。

しばらくするとシートバックは、鉄腕アトムのキャラクターシールで埋め尽くされることになる。もうその椅子はない。父の記憶も遠のいていく。

しかしこの椅子に父の心意気を感じた。そういえば背もたれの左端が一部欠けていた。

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