「あきら」自作ストーリー

和風割烹「あきら」のマスターは30代半ば、その年齢にしては多すぎる顔の皺と厚めの瞼が特徴的な三河男であった。彼を手伝う女房は、実に顔立ちの整った 和風割烹にすんなりと馴染む女であった。その彼女の唯一の欠点と言えば、少し下唇が厚めで、マスターはそれがたまらなくセクシーであると公言し てはばからない。

バイトの卓矢はしばしばこの女房から、

「今晩いいフィルムが入ったから泊まっていきなさいよ」と声が掛かったりしたのだった。そんな誘いの巧みさがこの店を支えているのかも知れない。

「あきら」の入店する花車ビル界隈は、明らかに名古屋駅前の賑わいから隔離されたような裏通りの二等地にもかかわらず、女房の顔見たさも手伝ってか様々な業種のサラリーマン達の、ちょっぴり気取った満足感を満たす止まり木のような料理店であった。

バイトを辞めてしばらく遠のいていた卓矢は、ひさしぶりに「あきら」の暖簾をくぐった。古谷との待ち合わせ時刻にはまだ少し時間がある。一年間この店でアルバイトとしてお世話になった彼にとって、檜の香りのするカウンターにも紺藍色に統一された器にも懐かしさがこみ上げる。卓矢たち上南大学オーケストラクラブは、この店のアルバイトの紹介から勤務ローテーションをクラブぐるみで支えてきた。先輩から後輩へと申し送られる大事な事の一つが、「あきら」の勤務ローテーション運営であった。

この仕組みが5年を経て、いまでは先輩・後輩という縦割り社会を横につなぐ機能を果たしていた。オケラをたった1年で退部した卓矢は、古谷の「頼みがある」との呼びかけに答えてここに出向いた。

(続く....)

(恵比寿でおススメの居酒屋)

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