存在は自分の影のようなもの。
「なにもないそれ」で述べたことの繰り返しテーマであるが、
目に映らない何か「意識」のようなものの存在を実感している人はきっといるはず。
例えば、(あの人のことを想えば、つながっている感覚を味わう)ことができたり、
(あの人は自分と合わないなあ)と感じると、自分から負のオーラを発信してしまう。
現実にそんな経験を、あなたはお持ちでないだろうか。
それもこれも、いけないこととして自制するのではなく、
ーーーもう一人の自分の仕業なのだ。
自分の映し出すシャドーの所業だと思えば、とても気が楽になる。