「判断」

欧米人と比べて日本人は苦手とするこの言葉。決断をし、速やかに行動を起こすことがワンセットになっているからだろう。

禅では「判断」しないことを是とする。調べてみると、よく似た言葉に「両忘」とある。白か黒かといった判断へのこだわりから離れることを意味する言葉。

「判断」するには当然思考を使う。思考を使うと何かに捉われ、思わぬ間違いを犯す。つまり善悪や損得などの価値判断に引きずられてしまい、正常な判断が出来なくなる。禅流でいえば「直感を働かせよ」ということか、空気を読めということか。

この世は「不生不滅 不垢不浄 不増不減」と般若心経では判断することの愚かさを繰り返し教えている。

ポーランド・クラクフで見かけた壁

では、ロシアのウクライナ侵攻はどうであろうか。どう判断するかをここで自分に問いかけてみた。双方の言い分もある。プロパガンダもある。仕組まれた情報戦の様相。

戦争でネオコンだけが儲けている。いや、ネオナチを潰さねばならない。住民虐殺は国際法違反である。人命人権は守られていないばかりか、一方で津軽海峡をロシア海軍が航行し、我が国を威嚇している。

4月引き渡し予定。テスト航海中の「最上」3.900t 。写真はPit Loadサイトより

現地で事実に触れないことには判断できない。これらの情報を分析する日本のインテリジェンス機関は大変さを極めるだろう。政府は判断を遅らせるわけにはいかない。

判断をしないことは国際的孤立を意味する。

「なるようになる」。そうしたいところだが世間は許さない。

サッカーの試合のようにどちらかを一方的に応援することなど出来ない。

僕はささやかながら寄付をする。自由と平和を守るために戦っているウクライナに「祝福あれ」と祈りながら。

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