いつも通う「しのはら鍼灸院」での治療。先生はいつものように僕の両手首を取り脈を診る。
そして助手と何やらひそひそ話。
「体の深部が冷えてますね」
その一言の後、
「お灸をします」
そのまま僕の臍下に針が打たれ、その針にさらに灸をのせる温熱療法。おかげで下腹部がジワッと暖かくなっていく。そのまま眠りに落ちた。それから数十分が経過しただろうか。どこかで音が聞こえる。
(スー・ス―)
心地よい穏やかな音が聞こえてくる。この寝息を立てているのは誰だろう。
自分の出す呼吸の音であることに、まったく気付かなかった。まるで他人事のように聴いていた。
「はい!終わりました」
我に返るのにしばらく時間がかかった。ようやく、ここに生き物が居るのだろうと了解した。
施術台に横たわるこの物体は何だろう。ただの「肉塊」か?
それを「身体」と呼ぶのだろうか。左脳が働いていない。
かつて経験したことのない、この心地良さはなんと呼ぶのだろう。
施術が終わり解放されると、ようやく横たわる「肉塊」が「自分」というものであると認識した。ぽかぽかと体の芯から温まり、全身脱力している。
あの世界で解脱して地上に舞い戻り、自己と対面する瞬間のようだ。丹田のあたりがポカポカしている。それ以来一週間しても自分の丹田から熱を発するかのように暖かいまま。頻尿傾向が治ってしまっている。
この頻尿傾向にある患者数は国民の一割を超える。隠れ患者を入れるとその数は倍に膨れるそうだ。この病の原因も様々あるようで、膀胱の炎症、尿管のトラブル、腎臓の機能不全など。僕の場合膀胱結石で過去5度も激痛に耐えてきた経験から、時計で測るかのように2時間おきにトイレに行くことを習慣づける生活。医者から教わった通りに暮らしてきた。それはいつしか逆効果。頻尿で苦しむことになってしまった。それがたった一本の針で吹き飛んだ。
鍼治療の名医に合掌。