厚生労働省社会援護局

わが日本国には数々の素晴らしい行政機関がある。戦後の混乱期の中にあって資料の保全に尽力された旧日本軍、自衛隊、政府関係者、厚生労働省の担当部局の皆様にお礼申し上げます。

新型コロナ・ウィルスの騒ぎで同省には逆風が吹いておりますが、国民・国益の為に奮闘されんことを願います。自殺に追い込まれた職員のご冥福をお祈りします。

私の父の実弟・博夫(仮名。昭和20年4月24日没)はフィリピンのピナツボ火山北側山麓で戦死している。旧海軍に18歳で志願し、20歳で戦死。父を亡くして以来、その次弟のことがずっと気になっていたこともあり、弔いの気持ちから1年越しで調べた。

まず護国神社へ出かけ出征記録を調べたが志願兵は分からない。現在93歳で博夫とは同居履歴もあった私の母に尋ねると、わずかな記憶を手繰り寄せ、博夫の所属部隊(呉鎮守府316飛行隊)を突き止める。これは呉の復員援護局を当たった甲斐があった。そして国会図書館のアーカイブ資料の現在の保存先を突き止める。厚生労働省・社会援護局が当時の軍歴資料をすべて保管していた。国のカタチがしっかり出来ていた証左です。

(すごいぞ!日本)

博夫と私の関係を立証する戸籍資料を集め援護局に問い合わせる。申請書に求められる地元の戸籍資料を取りそろえ、申請者の本人確認資料もすべて送った。

下は情報開示申請書です。

別紙1
旧軍人軍属の個人情報開示申請書
(申請年月日) 平成 〇〇 年 4 月 14 日
申 請 者 氏   名(ふ  り  が  な)   〇 〇 〇 〇
生年月日 (昭和 〇〇 年 〇〇 月 〇〇 日生)
住   所 〒(
電 話 (   )
調査対象者との
関係・続柄
甥 (対象者は父の弟)
調査の対象者(事項) 氏    名(ふ   り   が   な)    〇 〇    (旧姓 〇 〇  )
生年月日 (大正 14  年 〇〇 月 〇〇 日生)
本籍地または
出身地
 岐阜県大垣市
調査の手がかりといたします。
おわかりの範囲でご記入ください。・終戦時の階級
・所属部隊名、乗艦した艦船名
・派遣地域
(内地、フィリピン、中国 等)
戸籍原簿
調査する事項 (例:軍歴について、戦没状況等)
使用の目的
(具体的に記入してください。)
(例:記録保存、家系図作成等)
対象者の刑罰、病歴等に関する事項が記載されていた場合、開示を希望しない方は、レしてください。
□ 開示を希望しない

志願した叔父の最後の姿、そして20歳の若さで何を思いながら亡くなったのかが知りたかった。今回の調査回答にも不明な点もある。

所属の316飛行隊は残存機もほとんど失い、201飛行隊に所属替え・合流となる。しかし戦況の悪化から、昭和20年初頭、その201飛行隊本隊も制海権・制空権さえ奪われた太平洋を命がけで台湾へ撤退している。記録には台湾防衛のためとある。しかし博夫はルソン島に最後の守備隊として残された。隊にその時点で残された飛行機は、旧式の99式艦上爆撃機がわずか4機のみ。これで押し寄せる米軍とどう戦えというのだ。

残された博夫たちは度重なる襲来でその4機もすべてを失うと、同じく残された旧陸軍残存兵と合流し僅かながらの武器を持たされたに違いない。歩兵としての訓練を受けたわけではない。飛行機を飛ばし、整備することしかできない。ラバウルも陥落し味方はいない。補給路も断たれ何を食べ、どうしのいだのだろう。そして何と戦ったのだろうか。涙が止まらない。

いつかフィリピン・ルソン島のピナツボ火山に手を合わせたいと思っております。

各県に護国神社はある。多くの篤志家・ボランティア団体によって、神社は守り続けられている。合掌

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