現在はロシア領になっている占守島 (シュムシュ島)の戦いは、樋口季一郎中将の捨て身の防衛戦。旧日本軍北方守備隊が武装解除の最中にありながら、ロシア軍が不可侵条約を破棄し北海道を奪う目的で参戦してきたもの。国益のため戦った500名の兵士と、最後まで残り住民避難誘導した女性電信士の話は日本人の誇りです。
終戦後の対ソ連占守島・樺太防衛戦(以下はWikiより転載いたしました)
敗戦は1945年8月15日。その3日後の1945年8月18日、当時日本領だった占守島にソ連軍が攻めてきた。北部司令官の樋口季一郎中将は樺太における対ソビエト軍への戦闘を指揮した。そのため極東国際軍事裁判に際し、スターリンは当時軍人として札幌に在住していた樋口を「戦犯」に指名した。世界ユダヤ人会議はいち早くこの動きを察知して、世界中のユダヤ人コミュニティーを動かし、在欧米のユダヤ人金融家によるロビー活動も始まった。世界的な規模で樋口救済運動が展開された結果、ダグラス・マッカーサーはソ連からの引き渡し要求を拒否、樋口の身柄を保護した。彼は淡路島の出身です。ロシア語も堪能。
国境とは何のためにあって、日本国民の思う国益とは何を指すのか。コロナ・パンデミックのいま改めて考えてみたい。