「来世はきっと」自作ストーリー

(ハンガリー・ブダペスト王宮修道院前で)

少女は歩き始めた頃から蜘蛛が嫌いだった

物心がつく三歳の時のことを彼女は鮮明に覚えている

ひとりでトイレに行けることが嬉しかったその日

ようやく便座によじ登り向きを変えた途端

座る自分の眼前に音もなく

天井からスウッとそれは下りてきた

彼女の発する黄色い大きな悲鳴は

ご近所にまで響き渡った

成長した今でも手の平のように大きな蜘蛛を発見すると

まるで仇討ちのように徹底的に追い詰める

いつからかそれは快感に昇華した

ゴキブリ用の殺虫剤を手元に置いておき

その襲来に備える

決まって産卵の季節だ

それは庭のビワが色付く頃

仲の良さそうな蜘蛛の夫婦がやってくる

彼女はその存在を決して許さない

がその夫婦を観察する余裕は持っていた

雄の蜘蛛が先にトイレに侵入してきて

数日を過ごしているようだ

これを見過ごしているとやがて

産卵のためか雌の蜘蛛がやってくる

ある時先に侵入してきた雄を

履いていたスリッパで仕留めて安心していると

数日後に雌らしき蜘蛛が雄を探しに来たようだ

彼女は自分の心を鬼にして

雌蜘蛛を毒殺した

その時彼女の思ったこと

(きっと来世は私が蜘蛛に生まれるんだ)

台所へ行くと割箸を探してきて亡骸をつまみ上げた

そして箸でつまみトイレに流す時

彼女は流れ去る蜘蛛に合掌した

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女性はどういう訳か特定の昆虫を嫌う。その基準は「かわいくない」からだろうか。

親の仇の生まれ変わりなのだろうか。

嫌う者に限ってそれは寄ってくるから不思議だ。

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