「映像屋」

「写らない。無理みたい。再生できないよ」
ブライダルプランナーの尚子は嘆く。ここはホテルのスタジオ。最近ではスチールよりもビデオ制作が忙しい。披露宴の顧客から頻繁に持ち込まれるDVDにも閉口しているこの頃である。
「じゃPioneerプレイヤーから出してMACに入れてみて」
「やーこれ。mov.でもvob.でもないな。vro.なんて」
「こんな拡張子見たことないなぁ。初めてだな」
「どーするよこれ」
インショップスタジオのチーフ小山は撮影以外に、余分な業務が増え閉口している。顧客が自主制作した自分たちの生い立ちやラブストーリー映像を預かり、披露宴当日会場のDVDプレイヤーで上映するのである。 ところが音声が飛んでいたり、映像の解像度が合わないなどトラブル続出。それを未然に防ごうと、スタジオでプレ上映するわけである。稚拙な作りの持ち込み映像だが、その大半はパソコン付属のソフトに原因がある。専門家としての使命感と顧客満足達成のため、日々再作成作業と格闘してきた撮影チームだが、彼らはグローバルな映像フォーマット競争の犠牲者。映像圧縮技術、フォーマットの進化に直面し日々奮戦しているのだ。

「MP4の一種かどうか、VCLビューワーで調べてくれるか」
「解析できたらWindowsにファイル移動して。AVSでMP4を分解するんだ。最終的にPremireで処理できるさ」
「どー言うことでしょうか」
「圧縮形式が分からんからな」
「MacはH.264だけど古いWindowsで書き込まれてたらDVD開かないこともある」
「MP4だったら音声だけ取り出すんだ。AVSで」
「じゃ書き出し形式は?」
「avi.かwav.でいいよ」
「映像の解像度は?」
「アプリが判別してくれるから心配すんな」
「一度QuickTimeでDVDの中のファイル開いてみて」
「えーっと、どれですか」
「QuickTimeアプリから開くんだぞ。そういうときは」
「だめですQTで認識しませんよ」
「じゃ、Windows7にファイル移動だ。サーバーにアップしてくれ」
「はい」
「でもFinalCutで直接読み込んでみたらどーですか」
尚子もこの数年でかなりの判断力がついた。
「言うより先にやっとけよ」
「ハハッ!・・・」

彼女は持ち前の拘らない性格が功を奏している。
「やっぱ読み込みできませんね。これは」
「MAC上の処理は任せた」
「僕はWINDOWSで格闘するよ」
「参りますね。時々素人がこんなん持ち込むんだから」
「とにかくオーダーが入ったら、"ノー"と言うんじゃないぞ」
「でも料金は高く取れ」
「プロのプライドってやつですかぁ」
「いやそれが究極のサービスの代償だ。そう言いたいね」
ホテルの伝統は顧客の要求をただちに「断らない」事。それしかないと小山はスタッフに伝えたかった。

映像世代が働き手の中心になった。生まれたときからファミコン三昧。ファイナルファンタジーやドラクェに夢中になり、ディスプレイの中で育ったと言っていい。結婚披露宴ではお手軽に自分達がプレゼンソフトを使ってDVDを作ってくる。迎える側は、いきなり本番上映とはいかない。会場側の上映機器環境は様々。時には外国から持ち込まれ、リジョンコードが違うと大変なことになる。

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注:このストーリーは今から10年前の出来事です。令和の世の中になってこれらの諸問題は解決している。しかし現代では"YouTube"投稿する世代が他人の製作した音楽や映像を勝手に拝借する事件が多発。

いつの世も問題だらけだが、こうして世界は進化していく。

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